大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和61年(オ)655号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人植草宏一、同吉田正夫、同吉宗誠一の上告理由第一点の一、二、第二点及び第三点について

一  私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)一九条は、事業者は不公正な取引方法を用いてはならないと定めているところ、同法二条九項二号は、右の不公正な取引方法に当たる行為の一つとして、不当な対価をもって取引する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するものを掲げ、右規定を受け、昭和二八年公正取引委員会告示第一一号の五(以下「旧指定の五」という。)により「不当に低い対価をもって、物資、資金その他の経済上の利益を供給……(す)ること」が指定され、その後昭和五七年同委員会告示第一五号の6(以下「一般指定の6」という。)により旧指定の五が改正され、「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、……他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」が指定されている(以下、これらの行為に対する独占禁止法上の規制を「不当廉売規制」という。)このようなしくみによって不当廉売規制がされているのは、自由競争経済は、需給の調整を市場機構に委ね、事業者が市場の需給関係に適応しつつ価格決定を行う自由を有することを前提とするものであり、企業努力による価格引下げ競争は、本来、競争政策が維持・促進しようとする能率競争の中核をなすものであるが、原価を著しく下回る対価で継続して商品又は役務の供給を行うことは、企業努力又は正常な競争過程を反映せず、競争事業者の事業活動を困難にさせるなど公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれが多いとみられるため、原則としてこれを禁止し、具体的な場合に右の不当性がないものを除外する趣旨で、旧指定の五にいう「不当に」ないし一般指定の6にいう「正当な理由がないのに」との限定を付したものであると考えられる。そして、その根拠規定である独占禁止法一九条の趣旨も、公正な競争秩序を維持することにあるのであるから、右の「不当に」ないし「正当な理由がないのに」なる要件に当たるかどうか、換言すれば、不当廉売規制に違反するかどうかは、専ら公正な競争秩序維持の見地に立ち、具体的な場合における行為の意図・目的、態様、競争関係の実態及び市場の状況等を総合考慮して判断すべきものである。

ところで、と畜場は、食用に供する目的で獣畜をと殺し又は解体するために設置される施設であり、その経営及び獣畜の処理の適正を欠くと食肉の衛生確保及び環境衛生上好ましくない事態が生ずるおそれがあるところから、かかる事態を防止し公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的としてと畜場法(昭和二八年法律第一一四号)が制定され、と畜場の設置管理者又はと畜業者は、と畜場使用料又はと殺解体料(以下、これらを「と場料」という。)の額の設定及び変更については都道府県知事の認可を受けなければならず(同法八条一項)、右認可額を超えると場料を受けてはならないと規定している(同法八条二項)。かかると場料の認可制度は、公営中心主義に立っていた旧屠場法(明治三九年法律第三二号)の当時から採られており、民営と畜場の適正な普及を企図すると畜場法において右のとおり引き継がれたものであるが、その趣旨とするところは、と畜場が公共的性格を有し、独占ないし寡占に陥り易い性格の業態であって、顧客保護の必要があるため、申請に係ると場料が高額に過ぎないか否かの判断を認可行政庁に委ねることとしたものであり、その限りで事業者の自由な価格決定は制限を受けることとなるが、と場料の認可額は個々のと畜場ごとに異なるばかりでなく、その額の設定及び変更の申請に当たり各事業者による自主的、裁量的判断の働く余地もあることは明らかである。また、独占禁止法二条一項は、事業者とは、商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいうと規定しており、この事業はなんらかの経済的利益の供給に対応し反対給付を反覆継続して受ける経済活動を指し、その主体の法的性格は問うところではないから、地方公共団体も、同法の適用除外規定がない以上、かかる経済活動の主体たる関係において事業者に当たると解すべきである。したがって、地方公共団体がと場料を徴収してと畜場事業を経営する場合には、と畜場法による料金認可制度の下においても不当廉売規制を受けるものというべきである。

二  これを本件についてみるに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実によれば、(一) 上告人は東京都荒川区内に三河島ミートプラント(以下「三河島」という。)を設置して獣畜のと殺解体業を営むと畜業者であり、被上告人は東京都港区内の東京都中央卸売市場食肉市場(以下「都食肉市場」という。)に併設されている東京都立芝浦屠場(以下「芝浦」という。)の設置管理者としてと場料を徴収してと畜場事業を経営する地方公共団体であって、東京都二三区内において、一日一〇頭以上の大動物(牛・馬)の処理能力を有する一般と畜場は右の二つのみである、(二) 芝浦におけると場料の実徴収額(大動物一頭当たりのもの、以下同じ。)は、東京都知事の認可額どおりであるとはいえ、昭和四〇年度以降継続して原価を大幅に下回り、本件係争年間(昭和五四年四月一日から昭和五八年一二月二日まで)における額は二四八〇円ないし三四八〇円であったのに対し、三河島においては、長年にわたり実徴収額が認可額を下回り、本件係争年間において、認可額は八〇〇〇円であるのに実徴収額は五八〇〇円にとどまった、(三) 生産者の出荷先は広範囲に及び、本件係争年間において大動物につき一日の処理能力又は実処理頭数が一〇頭以上の規模を有する一般と畜場は、首都圏を含む関東及び東北の一都一一県の五九事業者にのぼり、三河島及び芝浦は、右事業者との間でそれぞれ競争関係に立ち、うち四七事業者が三河島のと場料の実徴収額より低い認可額で営業し、その半分近くが民営業者であって、上告人の右実徴収額が認可額を下回ったのも、独り芝浦のと場料が低額であったことによるものではなく、他の競争事業者との関係から、そうせざるを得なかったからである、(四) 芝浦に生体を出荷する生産者は、都食肉市場の卸売業者に対しと畜解体及び販売を委託する際、と場料のほか、委託手数料等を負担するのに対し、市場外流通である三河島の場合にはその負担がない、(五) 近年における食肉需要の増加、生産構造の変化、生体流通から枝肉又は部分肉流通への変化に伴い、生産地に近い食肉センター型のと畜場のシエアが著しく増加し、三河島のような消費地型の単独と畜場のシエアは衰退傾向にあるのに対し、消費地型ではあっても食肉市場に併設されている芝浦では、三河島に比し衰退傾向がそれほどではない、というのである。

そこで、検討するに、被上告人は、と場料を徴収してと畜場事業を経営する地方公共団体であるが、昭和四〇年度以降、本件係争年間を含め、認可額どおりであるとはいえ原価を著しく下回ると場料を徴収してきたものであって、このように芝浦のと場料が長期間にわたり低廉で推移してきたのは、原審が適法に確定したところによると、と場料の値上げには生産者が敏感に反応して、芝浦への生体の集荷量の減少、都食肉市場の卸売価格ひいて都民に対する小売価格の高騰を招く可能性があるところから、かかる事態を回避して集荷量の確保及び価格の安定を図るとの政策目的達成のため、赤字経営の防止よりは物価抑制策を優先させることとし、東京都一般会計からの補助金により赤字分を補填してきたことによる、というのである。料金認可制度の下においても不当廉売規制が及ぶことは前記説示のとおりであり、また、公営中心主義を廃止したと畜場法の下において、公営企業であると畜場の事業主体が特定の政策目的から廉売行為に出たというだけでは、公正競争阻害性を欠くということはできないことも独占禁止法一九条の規定の趣旨から明らかである。しかしながら、被上告人の意図・目的が右のようなものであって、前示のような三河島及び芝浦を含むと畜場事業の競争関係の実態、ことに競争の地理的範囲、競争事業者の認可額の実情、と畜場市場の状況、上告人の実徴収額が認可額を下回った事情等を総合考慮すれば、被上告人の前示行為は、公正な競争を阻害するものではないといわざるを得ず、旧指定の五にいう「不当に」ないし一般指定の6にいう「正当な理由がないのに」した行為に当たるものということはできないから、被上告人の右行為は独占禁止法一九条に違反するものではない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は以上と異なる見解に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

同第一点の三について

と場料については、前示のとおり認可制度が採られているが、と畜場法及びその他の法令においてと場料の額の下限を規制する規定及び認可額の変更の時期等に関する規定は存しないから、被上告人の認可に係ると場料の額が著しく不相当になったとしても、これを是正しないことが競争業者である上告人に対する関係において直ちに違法となるものではない。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷厳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例